楽屋口へようこそ


演奏会、特にクラシックは、どうしても客席と舞台の間に距離が出来てしまいますね。

ある意味では仕方の無いことなのです。

純粋に「音」だけを楽しみたいというお客さんだっているんですもの。

でも、音楽だけでなく、舞台で命を燃やしている演奏家の人間味にも近づきたい人だっているでしょう。

 そのような人の為に、普段お話するチャンスのない音楽家の?のお話しをしてみましょう。

もしも、あなたの?があったら、メールを下さいね。


 ピアニスト


音楽家にも色々な種類の人がいます。演奏する楽器によっても随分と違います。演奏する形態が違うということは、毎日の生活が違うということです。たとえば、弦楽器や管楽器の人達は、一人でコンサートが成り立つことは滅多に無いわけで、協調性のないひとはまず仕事になりません。

ピアノはというと、様々な音楽家の中で、たぶん一番協調性が無くてもやっていける楽器ではないでしょうか。ひとりで一つの音楽会をすべて演出できてしまうわけですから。危険な人種です。

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接待

音楽家の場合、コンサートの後に接待されることが多いです。ただこれは、楽器によってかなりの違いがあります。というのも、多くの場合、接待するのは主催者です。冠コンサートの企業だったり、親子コンサートの地方自治体だったりするわけです。当然、オーケストラのように多人数の場合は呼びたくたって呼べません。

という事情から、ピアニストと指揮者が一番多く接待にあずかれるわけです。まぁ人によって違うと思いますが、僕のように体力のある人間は、最後の最後まで付き合ってしまうので、大変です。

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暗譜

コンサートの感想で一番多いのは「指の動き」そして「記憶」についてでしょうか。ピアニストの場合、そういった意味での見せ所があるのも確かです。実際には、白状してしまうと、暗譜ほど大変な作業はありません。練習の8割近く覚えることに専念しています。覚える必要のない楽器の人はいいなあ、なんてボヤきつつ。

しかし「指の動き」と関連があるのですが、覚えていないことには曲のテンポについていけないのも事実。仕方のない運命です。いつも思うのですが「指を動かす」訓練と「記憶」する努力というとんでもない苦労を越えて、そこで始めて音楽としての表現において、他の楽器と同じスタートラインに並ぶ。土俵の違いをつくづくと感じてしまいます。

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コンサートの前の食事

人によって特に差が出るのが、食事です。それぞれの人が、それまでの経験から一番良いコンディションに持っていくための工夫をするからです。「体力が命」といって、ステーキをもりもり食べる人もいます。「持続力にはうなぎが一番」という人もいます。その場合には2、3日前に食べると効果的とか......

僕は当日だけは気をつけるようにしています。どのようにかというと「食べないように」です。僕の場合お腹が一杯だと頭に神経が行かなくなって、集中力がゼロになっちゃうんです。その為、コンサートが終わったころには飢餓状態。

演奏会は大抵夜なので、夕食と飲み会は10時を過ぎることが普通です。小さな町などではそんな時間には一軒も開いているお店がなかったり......  そんな苦労もあります。

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照明

コンサート前のリハーサルでとても気を使うのが照明のセッティングです。演奏家の人達それぞれが見るもの自体、まったく違うので、みんな勝手なことを言います。会場の照明さんは苦労していることと思います。

ヴァイオリンなど客席に向いて立つ楽器は、正面からの光を嫌いますし、マリンバなどは真上からの光が鍵盤に反射すると、何も見えなくなってしまうそうです。ピアノの場合は、黒鍵に当たる光に気を使います。ご承知のように黒鍵は少し出っ張りが有るので、横からの光だと影が出来やすいのです。

あるとき、会場の演出の人が「今日は福田さんの顔が美しく輝くようにします」と張りきっていました。いざ演奏会が始まったらリハーサルの時と大違い。会場の明かりを全部消して、一番後ろの調光室からピン・スポットで僕の横顔を照らし出したのです。

この人、演劇かなんかを想像していたのでしょうか。お客さんにとっては画期的なクラシックの演出となったこの日の演奏の悲惨なこと。真横からの一筋の光に照らし出された黒鍵は、影と一体になって一つの帯になってしまいます。これでは、目隠しされたのとまったく同じです。でも始まってしまった演奏会、舞台からは文句の一言も言えません......

97.7

練習

一番多い質問は「一日にどのくらい練習をするのですか?」 たしかにどのくらい練習をするのか自分でも知りたいと思います。人によってもずいぶん違うのでしょうけれども、僕自身かなりムラがあるので「一日」という単位では答えられません。

練習と言っても大きくわけて2種類あります。まず、指を動かすための基本的な練習と、芸術的な意味での表現を整えるための練習。前者は新しい曲を弾くとき(自分にとっての)必要になり、曲の難しさによっても左右しますが、20分くらいの曲で1日1時間程度づつ1ヶ月くらいは勉強するように思います。

ただ、僕の場合は一度弾けるようになった曲はあまり忘れることが無いので、その時期によってどのくらいの量の新曲をやるかによって練習量が変わってきます。

芸術的な表現の工夫に使う時間は、実際、気分が乗っていないときにはやっても無駄ですのでしません。つまり、新曲が無くて、かつ、練習する気分でないときには、まったくピアノに触らないときもあるということです......

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リハーサル

練習と混同して捉えている人が多いようですが、リハーサルはコンサートよりもずっと気を使う時間です。

ピアノは、ほとんどの場合自分の楽器を運ぶことはありません。会場の楽器は全てクセがあるし、その日の調律によってもかなり変わります。リハーサルは、88の鍵盤のクセと、そのホールでの特性を全部記憶する記憶力勝負の大事な時間です。

たとえば「月の光」をプログラムに入れていたとして、上のAsの音が良く響かなかったりした場合聞かせどころが無くなってしまうので、テンポを早くするなどの処置が必要。反対にきれいに響く場合は、前の曲をなるべくゆっくり弾いて引き付ける、とか......

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ピアノ

他の楽器と違ってピアノはほとんどの場合持ち運びが出来ません。自分の楽器で演奏できる幸運なピアニストは数えるほどしかいないのです。ただし、日本の音楽事情も、設備面でかなり恵まれているように思います。この頃は、2台3台のピアノを保有しているホールも珍しくありません。

しかし、一般的に選ぶ余地がある場合はスタインウェイという会社のものを使います。この頃は、ヤマハやカワイなども優れたものを作っているのですが、ここ一つという時の音色に欠けるようです。楽器を選ぶときの基準とは何でしょうか? いくつか音をポロンポロンと鳴らしたときに「素晴らしい!」と叫びたくなるようなピアノ。実は、あまりコンサート向きではありません。

なぜならばコンサートでは聴かせ所で最高の音色が欲しいわけで、最初からすべてが美しい音では、ここぞという時には、聴衆の耳が綺麗な音になれてしまっているからです。そのようなことから、僕は、普通に弾いて普通に鳴るだけのピアノを選びます。

97.9

調律

ホールによっては、とても神経質にピアノの管理をしているところがあります。様々な楽器の中でピアノだけは消耗品だから、しょうがないよ、といったところで値段を考えると、壊してもらいたくないのは当然良く分かります。

調律の方には申し訳ないけれども、ピアニストはけっしてピアノを壊しません。ピアノの調子を狂わせるのは大抵、調律の人があーだこーだ考えて、内部の調整をしようとするからのように思えます。(ゴメンナサイ)

ピアニストって、無理難題な要求をすると、調律の方々に怖がられているようですが、僕はそんなことから、よっぽどの時を除いては、何もいじらないでもらうようにしています。だって、その方がピアノにとっても嬉しいでしょうし......

97.9

調律 II

ピアニストだって人のこと言えたものではありませんが、調律師さんの腕って人により本当に違うものだと、良く思います。一般的には、上手に音のピッチを合わせられると良い調律師ということになるのでしょうか。

僕の評価はまったく違います。音のピッチなどは完全にピタっと合い過ぎていると、音の線が細くなるし、息苦しくなります。それよりも、コンサートの最後の曲を弾いているときに、始めたときの音程がそのまま維持しているかどうか。

本当に上手な人って、見事に変わりません。そういう素晴らしい調律の出来ているピアノは、手を加えさえしなければ、数日はどんなに弾いても変わらないものです。でも、そういう状態のピアノが少ないのは...... その次の日に、別の調律師がさわってしまうからです......

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自分の時間

 自分が物事に没頭している時間を持っていますか? ウィーンに住んでいる頃は、ひとつ一つの事に没頭出来る静かな環境があったと思います。今日本に住んでいて思うのは、多くの刺激と引き換えに、内面を見る時間がなくなったことです。

 ヨーロッパから多くの芸術家が生まれるのは、そうした時間的な環境が整っているからではないかと思うのです。作曲家が残すもの、演奏家が表現するもの、それらはすべて芸術家の時間なのです。芸術家達が一生懸命生きた痕跡を、ヨーロッパの町では見ることが出来ます。しかし、かれらの本当の時間は音符の中にあることを、時々忘れてしまいます。

 回り道や寄り道ばかり、それをやめると、芸術家の孤独が始まります。周りの人達と楽しく生きたい。人間に生まれたのだから。そして、その中での自分の時間。その小さなものを見てくれる人はどこにいるんだろう......

97.12